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身近な話題から勝ち方の原理原則を考えるコラム
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■ランチェスターで斬る〓ジャニーズ帝国の戦略〓■■■
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○前号の編集後記でNHK大河ドラマに関連して、なぜ「新撰組」には女性ファンが多いのか?
と問いかけさせていただいたところ、多くの読者様からメールをいただきました。
ご教授、ありがとうございます!
中でも一番多かった意見は、それはSMAPの香取慎吾クンが主役だから、女性に人気があるのだよ、とのことでした。
ごもっとも!
そして、今日のジャニーズ事務所の芸能界、テレビ界の支配ぶり=強者ぶりを指摘する声が多くありました。
今年の慎吾クンだけではない、去年は準主役の佐々木小次郎役にTOKIOの松岡クン、来年は主役の源義経役にタッキーこと滝沢クンと、大河ドラマがジャニーズに乗っ取られた(?)と嘆くオールドファンの叫びも。
○そういうことならば、今号は、タブーを恐れず、批判にひるまず、ゴシップに走らず、純粋に戦略論でジャニーズ事務所という芸能プロダクションを分析します。
ランチェスターで斬っちゃいます。
久々の芸能シリーズです。
今日の芸能界、テレビ界におけるジャニーズ事務所の勢力は、おっしゃる通り、圧倒的です。
SMAP、TOKIO、タッキー&翼、Kinki・KIds、V6、少年隊など、ジャニーズなしにはテレビは成り立ちません。
この勢力に匹敵する芸能プロダクションはなく、かろうじてお笑いの吉本興業くらいがそれに近い存在。これとて、バラエティ中心です。
では、なぜ、ジャニーズ事務所は、こんな一大帝国を築きえたのか?
○はじまりは「美少年アイドル」という市場を、ジャニーズ事務所が作ったからです。
40歳未満の方からすると、意外かもしれませんが、およそ40年前まで「美少年アイドル」というカテゴリーは芸能界にはありませんでした。
映画スター、御三家、グループサウンズなど、アイドル的人気だった人は、もちろんいましたが、「美少年」であることを売りにして、ダンスのついでに歌を唄うようなタレントはいなかったのです。
およそ40年前デビューした、その名もジャニーズというグループが、美少年アイドルの元祖なのです。
水戸黄門の助さん役、あしたのジョーの矢吹丈の声役のあおい輝彦もメンバーでした(!)。
そのバックダンスをしていたのが、後にフォーリーブスとして活躍した面々です。
○なにしろ、そういう分野が存在しなかったので、パイオニアとしてシェアは圧倒的でしたが、市場自体がまだ小さく、芸能界でも異端扱いされていたのではないでしょうか。
70年代に入り、美少年アイドル市場は急速に成長します。
市場として認知されたのです。各社が様々なアイドルを投入します。
その時、ジャニーズ事務所が投入したのが郷ひろみです。
他社の西条秀樹、野口五郎と新御三家と呼ばれました。
山口百恵ら中三トリオと共にアイドル市場を作っていった面もありますね。
○中でも、郷ひろみは男性アイドルでは一番人気でした。
ジャニーズ事務所は先発として市場を作り、競合が増えた成長期においても主導権を握ったのです。
アイドル全盛期の80年代には、たのきんトリオを投入、その後、しぶがき隊、少年隊と続けます。
多様化するアイドルニーズにフルラインで応えつつ、ライバル事務所タレントにミートし、ライバルつぶしを図るのです。
この時期、アイドル市場を寡占するに至ったのです。
○ところが、90年代に入り、アイドル市場も冷え込みます。
今日もトップの座に君臨し、ついに大河ドラマの主役まで射止めたSMAPも、実はけっこう苦労しているのです。
元々、光GENJIのバックダンサーだった彼らがCDデビューしたのは、91年。
でもパッとせず、自分たちがメインではないバラエティ、単独でのドラマ出演で、トークと演技を磨きます。
オリコン1位をはじめてとったのは94年、しかも歌は「HeyHeyおきに毎度あり」というアイドルの王道では決してない企画もの(?)楽曲という、遅咲き苦労人アイドルなのです。
そして96年、ゴールデンタイムの冠番組「SMAP×SMAP」がはじまります。
それからのブレイクは皆さん、ご承知の通り。
その後、TOKIO、V6、Kinki・KIds、タッキー&翼・・・と投入し、「ジャニーズであらずんば、男性アイドルでなし」という状況をつくりあげたのです。
市場を独占化していったのです。
○以上、大河ドラマのごとく40年間を振り返りました。
まとめてみましょう。
60年代 アイドル黎明期 ニッチ(隙間)市場をつくる
70年代 アイドル成長期 共存共栄で市場拡大に努めつつ、一番タレント
で主導権を握る
80年代 アイドル全盛期 フルライン戦略でライバルをつぶし、アイドル
市場を寡占化
90年代前半 低迷期 SMAPの地力・基礎体力養成期(この下積み
があったから、寿命がながい)
同後半以降 「再」全盛期 低迷期にライバルは死に絶え、市場は独占化
●ここまで、ジャニーズの戦略をランチェスターで斬ってみましたが、ここで、私たちは何を学ぶべきでしょうか?
第一に「自らがニッチ市場を作ることが、いかに大切であるか」です。
パイオニアとして、豊富な情報量と経験知で、その後の市場の推移に先手を打てるからです。
第二に「市場参入、新規事業は『弱者の戦略』で戦うべきである」です。
ジャニーズが今日あるのは、「美少年アイドル」に一点集中したことです。
他の カテゴリーには一切、手を出していません。
特に市場創造、市場参入時は決して、手をひろげてはなりません。
70年代に参入してきたライバル事務所は、美少年専門事務所ではなかったと思います。
総合事務所だったはず。
いくら大手でも片手間仕事の事務所に負けるはずはないのです。
●今日、ジャニーズが一大帝国を築いた理由は「弱者の戦略」をとったからです。
第三に「市場成長期は、ライバルといえども市場拡大の仲間である」です。
ニッチ市場が拡大するかどうかは、実はライバルが参入してくるか否か、なのです。
ライバルの参入がない小さな市場は、こじんまりと食べてはいけるでしょうが、発展性はあまりありません。
むしろ、ライバルの参入を市場拡大・活性化のサインと思い、歓迎しようではありませんか。
ただし、激化する競争の中で勝ち残るためには、かつての郷ひろみのような他社を「差別化」する強力な「武器」が必要です。
第四に「強者の戦略への転換期の見極め」です。
ジャニーズの場合、80年代前半の「たのきんトリオ」、90年代後半の「SMAP」で、他を圧倒するシェアを握ったものと思われます。
ランチェスターでいう42%の天王山を超えた時、怒涛のごとく新アイドルを投入し、一気に市場を寡占化する戦略に転じます。
●勝った勢いにのって、物量作戦で、圧倒的に勝ちまくる「強者の戦略」に転じたのです。
このタイミングの見極めが肝心なのです。
第五に「100%独占は、決して安定した状況ではない」です。
ランチェスターでは、市場シェア74%を上限目標値と定義しています。
シェア74%を最終目標値としながら、これ以上は取ってはいけない、としているのです。
なぜか?
●100%、および74%以上のシェアを一社が独占すると、市場が活性化せず、需要が冷え込む恐れがあるのです。
90年代前半のアイドル市場の低迷期はそれを物語っているのではないでしょうか。
今日の芸能界の支配ぶりに対する声なき声は、凋落の兆しかもしれません。
「盛者必衰」とは、来年タッキー義経がやっつける平氏の没落を語ったものですが、今のジャニーズは、義経登場以前の全盛期の平氏状態です。
勝ちすぎの悩みなんて、うらやましい限りですが、もしかしたらジャニーズは、一番それを心配しているのかもしれませんね。
投稿者 戦国マーケティング : 2004年5月12日