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第56号 ランチェスターな社長インタビュー【ニューズ・ツー・ユー神原社長】

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■ランチェスターな社長インタビュー前編【ニューズ・ツー・ユー神原社長】■■■
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今週号と来週号の2回に渡って、今話題のIT企業の株式会社ニューズ・ツー・
ユー代表取締役社長 神原弥奈子さんのインタビューをお届けします。

< http://www.news2u.co.jp/ >
 
ニューズ・ツー・ユー社(旧社名カプス)は数あるホームページ制作会社の中で
も老舗で一流です。でも、今、話題となっているのは同社が立ち上げたニュース
リリース・ポータル事業です。これは、よくあるプレスリリース配信代行業とは
似て非なる大変ユニークかつ画期的なサービスなのです。

神原社長ご自身、とても著名な方なのですが、当誌でインタビューさせていただ
いた理由は、話題の企業だからということではなく、極めてランチェスター的な
事業戦略でここまで【事業転換・事業開発】されてきているからです。

かのジャスコ・イオングループのオーナー岡田家には「大黒柱に車をつけよ」と
いう家訓があります。つまり時代の変化に素早く対応すること、必要あらば本業
もどんどん変えてかまわない、という意味です。

神原社長は創業10年の間で「(1)編集プロダクション⇒(2)ホームページ
制作会社⇒(3)ニュースリリース・ポータル運営会社」へと誠に上手に事業転
換・事業開発されています(現在は2、3の二本柱です)

ランチェスターには市場参入戦略という事業開発や起業の指導原理がありますが、
神原社長の戦略は、その原理原則に沿ったものなのです。

今号では1から2への転換についてご本人へのインタビューで語っていただきま
す。文中の「神」とは神原社長で「福」とは私・福永です。


▼インターネットとの出会い▼


福 大学院を出て就職されずに、いきなり起業されたとのことですが?

神 はい。元々、大学院を卒業するつもりはなかったのですね。大学院に籍を置
  きながら編集のバイトに明け暮れていたのですが、担当教授が定年退官する
  から早く修士論文を出して卒業しないと卒業できなくなるっていうものです
  から、慌てて論文出して卒業しちゃいました。

  そして、かわらず編集のバイトを続けていたのです。今でいうフリーの編集
  者です。でも親がフリーという意味がわからないのですね。就職せずに仕事
  をするというのなら会社にしなさい、と。それで法人にしたのです。93年10
  月のことです。

福 起業というより、やりたいことを続けるために形を整えたということですね。
  どんな編集のお仕事をしていたのですか?

神 企業の広報的な編集ものの仕事が中心でした。

福 今のニュースリリース・ポータル事業の原点はそこにあるのですね。そして
  インターネットに出会うのですね。

神 ええ。編集の仕事の調べものにパソコン通信を使っていました。そして94年
  にインターネットが日本で普及しはじめます。これはすごいことになるぞ、
  自分でメディアを持つことができる時代になるんだ、と思いました。そして
  まずは自分でホームページを作りました。

福 いきなり作りましたか。でも、どうやって?できるものなのですか。

神 その頃、インプレスのインターネットマガジンが創刊されました。そこにホ
  ームページの作り方というような記事があり、見よう見まねで(笑)。イン
  ターネットマガジンのバックナンバーはつい最近まで持っていましたよ。

福 やってしまうところがスゴイですね(笑)それだけインターネットというも
  のに神原さんはほれ込んだということでしょうか。

神 メディアというものに携わってきた者として、個人がメディアを持てるとい
  うことは衝撃的でした。たとえば個人がテレビ局なんてもてないじゃないで
  すか。本を出すことだって簡単じゃない。それがインターネットなら個人で
  あろうが地方の小さな会社であろうが、自分でメディアを持つことができる
  のです。

  それとインターネットなら世界中の人とコミュニケーションができるのです。
  当時、アメリカのホワイトハウスへアクセスできてペットとして飼われてい
  た猫の声を聞くことができたのですね。十数分も待たされましたが(笑)

  今ではブロードバンドで動画や音声の配信は当たり前ですが、その頃からイ
  ンターネットでできることはわかっていたのですね。いずれそうなる、と。
  ならば他に先駆けてチャレンジしようと。


▼ホームページ制作の第一人者に▼


福 それで映画やコンサートのコンテンツづくりをはじめたのですね。

神 はい。篠田正浩監督の「写楽」にはじまり、伊丹十三監督の「スーパーの女」
  ではメイキングサイトを作って映画の撮影現場からの世界初のインターネッ
  ト生中継。坂本龍一さんや吉川晃司さんのコンサートのライブ中継も。

福 すごいですね。しかし、失礼ながら、そんな大物たちがよく神原さんに仕事
  を頼みましたね。

神 まずは、ホームページを作る会社がまだほとんどなかったことです。なにし
  ろ企業がホームページを開設するだけで新聞記事になっていた頃のことです。
  黎明期ですから。何か実績があれば、それだけで有名です。

  それから、こちらもチャレンジですし、楽しみながらやっていましたので、
  商売抜きでやっていました。編集の仕事で稼いでいましたし。

福 なるほど。つまりは紙媒体の編集の仕事で稼ぎながら、次なる事業としてホ
  ームページ制作事業を立ち上げたわけですね(注1)。商売抜きで話題とな
  る仕事を行い、マスコミへ露出し知名度を上げる。それにより営業をせずと
  も仕事が来る仕組みを作ったということですね(注2)。

神 ええ、そう言われればそうかもしれませんが、意図してそうしたわけではあ
  りません。私としてはただ夢中で。次から次へと仕事を頼まれ、とにかく忙
  しくて。会社に寝泊りしながら仕事をしていました。結果、人もどんどん増
  えていったのです。

福 その後、大手企業のホームページを作ったり、業界の数々の賞を受賞して、
  ホームページ制作会社の第一人者といえばカプス(旧社名)という地位を確
  立されたのですね。

神 第一人者かどうかは別として、草分けでしたから、本当にたくさんのホーム
  ページを作りました。今ももちろん作っていますよ。

福 いわばホームページ制作で天下をとったわけですが、2001年にはニュースリ
  リース・ポータル運営会社を立ち上げます。その意図は?やはり・・・


▼一点突破全面展開▼


ここから、話は第3の事業、ニュースリリース・ポータル事業に入るのですが、長くなりすぎますので次週に。

さて、ここまでのところで第一の事業から第二の事業への事業転換について語られました。
(注1)をPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という考え方で解説しますと・・・

キャッシュカウ(金のなる木)事業で得た資源を、ワイルドキャット(問題児)事業に投資し、次なるスター(花形)事業に育成するという原則通りの展開です。
いわゆる【事業のSカーブ曲線】を描いています。

新規事業立ち上げには人、モノ(ノウハウ)、金と膨大な資源が必要です。
そのため、今、儲かっている事業で得たものを投資をしていかなくてはなりません。
このバランスとサイクルが肝要です。

次に参入時期ですが、産業の黎明期(市場導入期)はいわば戦後の焼け跡の闇市みたいなもので、ドサクサ状況です。
このときほど、既存事業母体の大小に係わらず、勝負できるときはありません。

鋭い切り口で一点突破したら、後は速攻拡大主義で陣地を先にとってしまいます。
神原社長は一流の映画や音楽のライブというキラーコンテンツで一点突破し、マスコミに露出するという方法で一挙に全面展開します。
市場成長期は早いもの勝ちなのです。

顧客獲得にはプッシュ型とプル型の方法があります。
プッシュ型とは営業マンが見込み客にアプローチして顧客を獲得する方法。
プル型とは広告や広報により露出することにより、顧客の側からアプローチしてくれるようにすることです(注2)

過去のランチェスターでは広告・広報によるプル型は、企業の総合力が問われるので強者向き(遠隔戦・確率戦)。
弱者は接近戦・一騎打ち戦のプッシュ型で、と解説しておりました。
しかし、インターネットにより、かならずしもそうではなくなったと私は思います。
神原さんと話して確信しました。

神原さんの第3の事業は、経営者としてのご自身の経験を踏まえて、地方の小さな企業こそ、インターネットを活用して、このプル型の営業をすべきだという思いから発しています。

弱者であっても、やり方次第で充分にプル型の営業ができるのです。
企業ニュースをマーケティングに活用する考えです。

そこのところは次号で詳しくやります。
お楽しみに!


投稿者 戦国マーケティング : 2004年12月 1日