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第62号 コラム・ランチェスターで斬る【義経と奇襲戦法】

身近な話題から勝ち方の原理原則を考えるコラム
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■ランチェスターで斬る〜【義経と奇襲戦法】〜■■■
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NHK大河ドラマ「義経」が始まりました。

おっさん臭くて恐縮ですが、私はNHK大河ドラマのファンです。
10歳の頃、斉藤道三と織田信長を主役とする「国取り物語」(お正月にテレビ東京系列でやりましたね)を見て以来ですから30年以上の超ベテランファンです。

現在、戦国マーケティングなる変な名前の会社を立ち上げ「戦略バカ一代」として活動している原点がここにあります。
私の一生は大河ドラマによって運命づけられたようなものなのです。

そんな私ですが去年の「新撰組」は正直、つまらなかった。
でも、長年の習慣は変えがたく、ついつい見てしまいました。
ライライラ・ララララ〜イと主題歌まで諳んじてしまう始末。
トホホ。

そして、つらかった(?)一年が過ぎ、今年は義経です。メチャメチャ楽しみです!義経といえば「判官びいき」。
小なる義経が大なる平氏をやっつける大逆転劇は、私の使命「小が大に勝つビジネス下克上」そのものといってよいでしょう。

義経は軍事の天才だと思います。
誰が見ても日本史上で5本の指に入るでしょう。
人によっては1番にランクづけるのではないでしょうか。
彼の指揮した平氏追討3連戦ほど鮮やかな下克上戦はありません。

今号と次号で平氏追討3連戦をランチェスターで斬り、この戦法を現代のビジネス戦に置き換えればどうなるのかを、語ります。

まずは「一の谷」「屋島」についてランチェスターで斬ってみましょう。
「壇ノ浦」は次号で取り扱います。


▼「一の谷」「屋島」の奇襲戦法▼


日本を支配していた平氏。
直轄地は日本全国の半分。
残りの半分も、もちろん勢力下にあります。
総帥の清盛は天皇の外祖父にして太政大臣。
一門が朝廷の官職を独占していました。
後白河法皇を幽閉し、都を自らの本拠地である福原(神戸)に遷都してしまいます。
「平氏にあらずんば人にあらず」の権勢だったのです。

平氏に反旗を翻すのが源頼朝を棟梁とする源氏です。
そしてその軍司令長官として登場するのが頼朝の異母弟の源義経。
平氏の総帥・清盛は病死しましたが、本拠地の福原で勢いを盛り返し、その隣の一の谷(神戸)に陣を張って源氏を待ち受けます。

一の谷は、山が海に迫った浜辺です。
南面は瀬戸内海。海軍を配置して万全の体制で防御しています。
この時点で源氏には海軍はなく、陸軍のみです。
東西は細い海岸線づたいの浜辺です。
攻めようとすると各個撃破されてしまいます。
残る北面は兵を展開するのが困難な山岳地帯。
一の谷は、攻めるに難く守るに易い、要害の地なのです。

義経は、この困難と思われた北面の山岳地帯を越えて奇襲突入するのです。
世に言う「ひよどり越え」「逆落とし」です。
騎兵機動部隊による山越えによる猛スピードの攻撃は、常識外の戦法でした。

平氏はなすすべなくもなく、一の谷を離脱し、四国高松の沖合いにある島・屋島に逃れます。
屋島は平氏の海軍の根拠地です。島のまわりを軍艦で囲み義経軍を待ち受けます。
が、またもや義経は平氏の常識外の方面から奇襲攻撃を受けるのです。

騎乗のまま海を渡って攻めてくるのです(!?)

義経は高松から遠く離れた阿波(徳島)の勝浦というところに上陸、陸路高松を目指し、高松から騎兵のまま海に乗り入れ、屋島に上陸したのです。
四国と屋島の間は狭く、潮の満ち引きの関係で騎乗のまま渡海できたのです。
(高松と屋島は現在は陸続き)

平氏は義経の奇襲戦法に2連敗し、最後の決戦の地「壇ノ浦」に逃げます。


▼勝因を分析すると▼


一の谷、屋島における義経の勝因は、騎兵機動部隊による奇襲突撃です。
コラムで以前、信長の桶狭間の合戦を斬りましたが、勝因としては同じです。
敵の思いもよらぬ方向から、思いもよらないときに攻撃するから奇襲なのです。
それが成り立つ条件は、敵に味方の攻撃意図を知られないこと。それを実現するのは、圧倒的なスピードが不可欠です。

騎馬武者が険しい山岳地帯を駆け下りる。海を渡る。
こんなことは、優れた馬とそれを乗りこなす優れた乗馬技術がなければ絵に描いた餅です。
ランチェスター的にいうなら、それが武器なのです。

義経は奥州平泉の藤原氏に支援されていました。
奥州は当時の馬の本場。関東の源氏より以上に、優れた馬と乗馬技術があったと思われます。
常識では超えられない山や海を越えたのですから。


▼ビジネスにおける奇襲戦法▼


ビジネスにおいて奇襲戦法とは、敵の予想外の手を討つことです。
顧客・消費者もあっと驚くようなことです。

最近、私が驚いたことは、CHOKKA平成電電のNTT電話加入権を36,000円
で買い取るキャンペーンです。
ご承知の通り、この加入権は紙切れになるといわれております。
紙切れを36,000円で買い取るというのですから、驚きます。

後発弱者の平成電電が固定電話ガリバーのNTTと戦うには、これくらいの奇襲戦法をやらないと踏み潰される、との考えで挑戦したのだと思います。
ひよどり越えの気分ではないでしょうか。
NTTは今頃、真っ青かも。


アサヒ飲料が朝専用缶コーヒー「ワンダ・モーニングショット」を発売したときも奇襲戦法といえるのではないでしょうか。
「朝専用」という用途、飲用シーンを特定する打ち出し方は、それまでなかったことですから。

「午後の紅茶」はありました。
が、これはアフタヌーンティという、私たちもよく知る習慣からくるもので、午後専用というイメージではありませんでした。

缶コーヒー市場はコカコーラ社のジョージアが圧倒的に強いです。
自動販売機というチャネルの数が違いますから。
それからUCC、ポッカという専業メーカーも頑張っています。
ですから、アサヒもキリンもサントリーもこの分野では完全に弱者なのですね。

そこでアサヒは「朝専用」という奇襲戦法に打って出るのです。

「朝専用」といったときに、昼間や夜は売れなくてよいのか?と思ってしまうのが、普通の発想です。
実際、アサヒ内部にも、そういう反対意見もあったとか。
でも、担当者はデータの裏づけをもとに押し通します。

43%の人が缶コーヒーは朝飲む、という調査結果を同社はもっていました。
コンビ二のPOSレジのデータでは60%が午前中に売れていました。
うち80%が男性で、その80%が20代〜40代。

つまり、缶コーヒーは「働く男が朝、気つけのように飲む」という飲用シーンに膨大なマーケットがあったのです。

「ワンダ・モーニングショット」はヒットします。
年間1,500万ケースを売り、同社を清涼飲料市場5位に押し上げたのです。

その後、サントリーは「休憩中」や「仕事中」、ポッカは「ドライバー専用」と飲用シーンや飲用者を特定する缶コーヒーが発売されました。
しかし、これらがヒットしたとは聞いておりません。
やはり二番煎じ、追随商法ではパッとしないものです(このことは前号で書きましたね)

ところで、朝専用って、どんなブレンドなのでしょうか。
発売後、しばらくたって、朝は眠気をさまさなければならないのでカフェイン含有量を多くしたものを発売したようですが、当初の中身は他のものと全く同じだったそうです。

単に、朝専用と言い切っていただけ。
まさに奇襲ですね。


次週は義経の「壇ノ浦の合戦」を題材にビジネスを語ろうと思います。
お楽しみに!


投稿者 戦国マーケティング : 2005年1月12日